最終回 たいせつな畑仲間
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春から菜園生活18年目に入りました。飽きっぽい私が長く畑を続けてこられたのは、畑仲間に恵まれたおかげもあると感じています。連載の最終回は、そんな畑友のなかでも私が特に影響を受けた3人の話をしましょう。
Nさんは区画のお隣さん。出会ったときにはすでに野菜作りが長く、ビギナーだった私たち夫婦はよく助けてもらいました。間引きができずに泣きついたり、支柱の立て方を教わったり。私たちはいつもNさんの畑を横目に、彼がキュウリを植えたら私たちも植え、オクラが発芽していたら、うちはまだ出ないと悩み、彼と自分たちのトマトの草丈を比べては一喜一憂していたものです。Nさんは、そんな私たちをたったひと言で変えてしまった人でした。
それは初めてのタマネギ栽培のとき。まだ球が太りきっていないのに葉がベと病におかされ、しかたなく全株抜いたことがあります。市販の6割ほどのサイズしかないタマネギを手に、私と夫は挫折感で言葉もありませんでした。「タマネギ収穫かい?」と声をかけたNさんに事情を話すと、彼は笑顔で言ったのです。
「気にしない気にしない。今年はあんまり大きく育たなかったってこと。来年頑張ればいいんだよ」
それまで私は、野菜の成長を楽しむ一方で、立派な野菜をたくさん収穫できなければ失敗だという呪縛にもとらわれ、もやもやしていました。でもこのとき、頭の中のもやが一気に晴れたのです。別に小さくたって少なくたっていいじゃない。芽が出て、日々育っていく野菜たちの姿を楽しめたら、それで十分幸せだと。さっきまで失敗作だと思っていた小さなタマネギが、寒い冬を越してがんばって育った愛おしいタマネギに見えた私は、「すごいよ、それ!」と大声をあげました。Nさんは「何が?」とキョトンとしていましたが、もしあの言葉に救われなかったら、失敗を重ねるたびにいやになって、家庭菜園をやめていたかもしれません。

菜園は野菜を育てる場だけれど、同時に、心安らかに過ごすための楽園でもあると思うようになったのは、イギリス人の畑友の影響です。ミスターBは、畑仕事をしながらいつも陽気に歌っている農園のムードメーカー。彼の畑は、日本人のおじさまたちのそれとはちょっと違って、ダリアや百日草、ルピナスや千鳥草が咲く畑です。どんな野菜を育てるのかと同じくらい、どの花やハーブを植えるのかを楽しそうに語り、畑の美観を損なうという理由で、ビニールマルチも敷きませんでした。
畑を始めたばかりの春、私は一角をイングリッシュガーデンみたいにしたいと夢見ていました。ところが粘土質の土は大雨が降るたびぬかるみ、花の芽は出ないしハーブの苗も育ちません。畑のおじさまの中には、「花を育てる? 野菜じゃなくて?」と笑う人までいて、馬鹿げた考えだったとあきらめかけたとき、ミスターBはこう励ましてくれたのです。
「ノープロブレム。ここはイングリッシュガーデンなんでしょ? イギリスはいつだって雨降りだよ」
その後ガーデンは草花にあふれ、今では畝でも花を育てて野菜と同居させています。そんな私の楽園を「ラブリーな畑だ」と褒めてくれるミスターB。おかげで、心地よい空間を自由に作れています。
私たちは二人とも、畑に生き物がすむこと好みます。カマキリの卵が孵化したとき、腐葉土の中にカブトムシの幼虫を見つけたとき、お互いを呼んで大喜び。きっと彼も私と同じで、自然と調和した畑で遊び、そのなかで野菜がとれたらうれしい、くらいに思っているのでしょう。それは、彼が野菜や花を惜しげもなく人にあげることにもあらわれているように思います。人に分けると収穫物は減るけれど、どういうわけか喜びは増えるということも、彼が教えてくれました。

最後の一人は80代の畑仲間、Oさんです。軽トラに乗り、地下足袋をはき、その姿はまるで農家。堆肥もくん炭も手作りし、ドラム缶や鉄パイプなどの廃材で何やら装置をこしらえ、「蒸気がこの筒を通りながら冷えて、ここに木酢液がたまるんだ」と教えてくれたものです。筒からもれる煙を二人で長いこと見ていた秋の日は、まるで昨日のことのよう。ぽたぽたと落ちる木酢液を見つめながらつぶやいた「なんでもゆっくりがいいもんだ」という言葉も忘れられません。
保管していたジャガイモが秋にシワシワになると、芽をかきとって食べていたOさん。まねをしたら、驚くほど甘いイモになっていました。ダイコンを2本ずつくっつけて育て、「たくあん作りには細いダイコンがいいんだ。早く干しあがるから」と工夫していたOさん。林でどんぐりの大木の枝を落としたとき、Oさんは、「切れるのは息ばっかりだ」と文句を言いながらその枝を切り、シイタケ栽培に使いました。そうして数年後、天国へいってしまったのです。
畑仲間は今もよくOさんの話をします。林のへりに腰をかけ、ニコニコと私たちを見ている気がします。彼の区画は長いこと借り手がつかなかったのですが、昨年新メンバーが入りました。夏はビニールサンダルで畑に立ち、林の竹を切って支柱を作り、たくさんとれたウリをくれて、「箸が止まらないから作って」と料理法まで教えてくれるおじさんです。どこかOさんに似ていて、楽しいことが始まりそうな予感がしています。
畑を借りた当初は、自分よりずっと年上のおじさんとの付き合いなんて無理だと思っていました。その距離を縮めたのは、畑での共通体験が大きいのかもしれません。期待をこめてタネをまき、成長を喜び、天気を気にして、虫や病気に悩み、季節の移り変わりを同じように感じながら野菜を育てている私たち。説明しなくてもわかり合えている安心感が、親しみにつながったのでしょう。でも今は、そんな段階もとうにこえて、ただもうみんなが好きでたまらないのです。栄養たっぷりの野菜を食べ、どうか健康で長生きしてほしい。この先もずっと同じメンバーで、畑で笑って過ごせたらと願っています。

(2026年3月1日)
あとがき
以前、とある外科医にインタビューした際、人柄を知りたくて「お休みの日のご趣味は?」と質問したことがありました。帰ってきた答えは「家庭菜園」。「私もです!」思わず叫ぶと、医師は身を乗り出し「へー! 何を育てているの? 僕はね、トマトにキュウリに」と楽しそうに話し出したのです。
「私はトウモロコシを育てていますよ」
「すごいなぁ。トウモロコシは虫がついて大変でしょう?」
「大したことないですよ!はっはっは」
それまで難しい医療について教えてもらっていた先生に感心され、先輩面をしてふんぞり返る私をご想像ください。野菜の話に夢中になって、聞くべきことも聞けないまま取材時間が終わってしまったほどでした。
同じ趣味を持つ人は、年齢や社会的地位もこえて打ち解けられるものですが、とりわけ野菜作りをする者の間には、どこか特別な結びつきが生まれるように思います。それはきっと私たちが、双葉を見つけた朝の喜びや野菜がうまく育たない悩み、収穫した実を手のひらに乗せたときの満ち足りた思いを共有しているからでしょう。
そんな方々とこの連載を通してつながれたらと願いながら、私の菜園や、野菜と草花への向き合い方を綴ってきました。読んでくださってありがとうございました。これからは畑友として、そして同じトーホクさんのファンとして、春からの家庭菜園を楽しみましょう!
2026年早春

作者紹介
https://www.instagram.com/taekanada
http://www.9taro.net/
次回予告
2年間にわたる「わたしと畑の春夏秋冬」、みなさまお楽しみいただけたでしょうか? さて次年度からは「勤め人のための週末菜園入門」というタイトルで男性エッセイストの連載となります。今まで同様、隔月で奇数月の月初めの公開です。どうかお楽しみに!
著者;妻木土岐夫(つまぎ ときお)
【プロフィル】
東京都心にあるマンションのべランダでミニトマトやルッコラを作るうち、栽培への興味が爆発。子どもが大きくなってきたこともあり、思い切って田園地帯へ移住した。畑のある暮らしに大満足しているが、難点は畑作業に割ける時間が足りないこと。月~金は1時間20分の道のりを通勤してフルタイムで働き、週末に挽回するスタイルで畑を維持している。バイクに荷物を括りつけ、6~10月は海釣り、11~5月はキャンプもしたいので、段取りが命。
現在、借りている市民農園には30組の利用者がおり、第一線を退いて畑仕事に励んでいる様子を見るにつけ「早くあの人たちのようになりたい」と羨ましい。この連載では、畑デビューから10年がたち、今では無農薬・無化学肥料栽培で年に40品目を作るまでになった経験をもとに、勤めと両立するノウハウを中心にお伝えします。失敗談も恥ずかしげなく披露しますので、どうぞご期待ください。(妻木)
