F1品種って、どんな品種

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F1品種に対する誤解

お客様と接していると『F1品種はいったい何が違うのですか?』という質問が時々あります。何となく優れていることは分かるのですが、一体何が優れているのか今ひとつ分からないというのがお客様の疑問です。もしかしたら最先端のバイオテクノロジーを使って作っているのかも知れない・・・・なんて想像したあげく(これは全くの誤解なのですが)遺伝子組み換え品種の一種では?と間違って信じてとおられる人もいます。そこで今回は「F1品種とは何か?」をしっかりと説明したいと思います。

F1品種って一体何ですか?

タネ袋の表面などに“トーホク交配”や“一代交配”と表示されているのがF1品種です。

F1品種は、交配種ともハイブリッド品種とも呼ばれています。自動車でガソリンエンジンと電気モーターの両方の動力源を持っているハイブリッドカーがあるように、優れた性質を合わせ持つように人工的に交配してつくった品種のことです。大変優れた能力を持っていますから、野菜に限らず穀物や草花でも利用されています。

F1品種の原理~優秀な組み合わせを求めて~

育種農場では優れた性質を一つでも多く持つ品種を育成しようとして開発していますが、すべてにおいて優れているといった品種はなかなかできないのが現状です。完全ではないものの異なる優れた性質を持つ2つの系統を親として、交配によってかけ合せてタネを採ると、両親の性質を併せ持ったタネが採れます。育種農場の担当者は、膨大な交配組み合わせの中から、私たちの望む“良いとこ取り”の組み合わせを見つけ出すのです。

下の図はわかりやすいように単純化しましたが、例えば「味は良いのに病気に弱く育てにくい系統」を、「おいしさは満足いかないが病気に強く栽培しやすい系統」を“お見合い”させて、「おいしくて育てやすい品種」を見つけ出していると想像してください。

実際にはこの下の図に示すように、見出した親系統(原原種)を増殖して原種を生産し、それを用いて大量のF1種子を生産する過程が必要ですが、この話は最後に少し紹介するつもりです。

もう一つの優れた点~雑種強勢の利用~

F1品種が優れているもう一つの点は雑種強勢の利用です。雑種強勢とは、一般的に縁の遠いもの同士のかけ合わせで生まれた子孫の生育がとても旺盛になることで、ヘテローシスとも呼ばれています。F1品種は旺盛な生育力で収量性が高まるばかりでなく、株同士の生育差も少なくなり、揃った収穫物が得られる利点があります。

カブの雑種強勢の例

左の2種類のカブを両親として掛け合わせると、右のように両親より生育旺盛で大きなカブとなります。

キャベツの雑種強勢の例

上の2種類のキャベツを両親として掛け合わせると、下のような両親より葉も良く締まった大きな玉のキャベツが収穫できます。

F1品種の実力~F1品種vs固定品種

ところでF1品種以外の品種は何かというと、固定品種です。野菜でも昔から地方に脈々と伝わる在来品種は全て固定品種です。これらは何百年もの歳月をかけて先人たちが優れた性質を選び抜いてタネを採り返して維持してきたものです。

写真はネギのF1品種と固定品種を比べたものですが、右側が固定品種の下仁田ねぎです。下仁田ねぎは別名「殿様ねぎ」と呼ばれるように江戸時代から栽培されていて、現在もなお群馬県下仁田町の特産品となっています。寒さに強く、冬の鍋料理では格別の風味を味わえると評判ですが、雨に弱く、特に夏場の高温多湿を乗り越えるのが難しいと言われています。

そうした中で、下仁田ねぎのような独特の風味を持つねぎを、一般の家庭菜園でも比較的簡単に栽培できるように開発したのが、写真左側のF1品種の「甘とろ太ねぎ」です。下仁田ねぎのやわらかく風味の良い特性を持つ親系統と、栽培しやすいように高温多湿でも旺盛に生育する親系統との交配によって育成されたF1品種です。越夏性に優れるだけでなく、白身の可食部分も倍近くになっています。

甘とろ太ねぎの例は見た目にもはっきりしているのでわかりやすかったと思いますが、石倉一本太ねぎのF1品種と固定品種と差を紹介します。下の写真のようにF1品種は風や雪で葉が折れないようにコンパクトに改良されていますので、葉もしっかり立って太陽の光をまんべんなく受けてすくすく育っています。一方固定品種は風で葉も折れてしまい、病気も発生して健全に生育しているようには見えません。

1m分を掘り取り、どれ位の差があるかを調査してみました。F1品種は37本収穫できて重さは5.6kgでしたが、一方の固定品種は24本しか収穫できず、それもひょろひょろとした細いネギも混ざっています。重さは4.1kgしかありません。このようにF1品種と固定品種との差は歴然としています。

もう一つの根菜類での事例を紹介します。

まずは赤カブについて。左はF1品種(トーホク交配 本紅丸かぶ)で、右は固定品種です。固定品種は色や大きさにばらつきがあるのに対して、F1品種はたいへん良く揃っています。

金町小かぶについても見てみましょう。左はF1品種(トーホク交配 あずま金町かぶ)で、右は固定品種です。F1品種のカブの形が揃っているのに対して固定品種は大きさも形も色々で、また葉が旺盛に育ちすぎることで裂根が多く見られます。

もう一つは大根です。左のF1品種(トーホク交配 ビタミン大根)は右の固定品種に比べてよく揃って間違いがないことがお判りでしょう。抜いてみないとわからないカブやダイコンなど根菜類での収穫した時の残念さは、一度でも栽培したことがあれば十分おわかりのことと思います。

タネはタネ屋にお任せください

固定品種がタネを採り返しても性質が変わらないのに対して、F1品種は交配された種子のその一代限りしか優れた性質が表れませんから、栽培して良かったからと言ってその株からタネを採り返しても、翌年同じような優秀な株は出現しません。F1品種の優れた能力を利用するためには毎年タネを買い続ける必要があるので、「F1品種を使うことはタネ会社を儲けさせるだけだ!」と言う人がいます。またF1品種を大量に生産するためには雄性不稔性や自家不和合性という性質を利用しますが、花粉の出ない花や自分の花粉では種子を実らせることができない性質を「不自然」で「危険」だと決めつける人もいます。雄性不稔性も自家不和合性も、野生植物や従来の在来品種などに存在していますし、F1品種の中には病気に対して抵抗性を持たせている品種もありますから、農薬の使用を減らすことにもつながります。

ちなみにトーホクに限らず種苗メーカーではF1品種だけでなく固定品種も販売しております。どちらが良いかはお客様の判断です。様々な品種を栽培し、それらの違いを楽しんでいただければと思います。

F1品種のタネの生産方法

最後にF1品種がどうやって生産されているかをご紹介します。優れた性質を併せ持つように選ばれた両親を交配させてタネを採種しますが、皆様にご利用いただくには大量に採種する方法が必要です。

トマトやキュウリの場合、ピンセットで交配してタネを採っても果実の中に結構な粒数が入っていますから問題は少ないのですが、ハクサイやダイコン、ニンジンなどのタネは、ひとつひとつ人工授粉で交配させて採種するわけにはいきません。

そこで自分の花粉で受粉してもタネが稔らず、もう一方の親系統の花粉がかかった時だけタネが稔る『自家不和合性』や、はじめから花粉の出ない性質の『雄性不稔性』を用いた方法など、種苗メーカーは様々な方法を駆使して大量のF1種子を安定的に生産しています。
(更に詳しく知りたい方は「世界の作場から」をご覧ください)

ハクサイのF1品種の採種

ダイコンのF1品種の採種

ニンジンのF1品種の採種 

ホウレンソウのF1品種の採種

F1品種の育成には広い育種農場が必要ですし、また種子生産でも両親の系統を同時に開花させるなどの高度な技術が要求されますので、固定種より価格的には高くなってしまいます。それでも生育旺盛で病気に強く作りやすく改良されたF1品種を使ってみれば、購入時に感じた価格差はわずかだったと実感されるはずです。タネは見た目で判断できる商品ではありません。せっかく世話をして育てても途中で病気に罹り、十分なものができなかった時の落胆は何とも言えないものです。だからこそ信頼できるタネを購入することが家庭菜園を楽しむ秘訣と言えるでしょう。

質問コーナー

質問1;F1品種の“F1”には、どういう意味があるのですか?

回答;F1品種の“F”は英語のFilialの頭文字で遺伝学では“交雑世代の”という意味で使われています。“1”は世代を示しますから、F1は交雑第1世代という意味となります。「交雑」は「交配」と同じ意味で、掛け合わされたという意味です。雑種というと何が混ざっているか分からないような印象ですが、上で説明しましたように、優れた親系統同士が交配されたものです。

質問2;新しいF1品種が世に出てくるまでには何年くらいかかるのですか?

回答;優秀な組み合わせの親系統を見つけるまでに数年間は必要です。また組み合わせが見つかっても、その組み合わせの能力を充分知るために様々な環境での試験栽培や、採種特性の評価のための試験も必要で、これにもそれぞれ数年は要します。さらに組み合わせの親となる系統の種子(原種)を増やしておく必要があり、増えた原種を生産圃場(業界では作場と呼びます)に持ち込み商品となる種子を採種します。

いずれもほとんどの作物は1年に1回しか作付けできません。採種された種子を精選し、発芽力などを確認して袋詰めしますが、このような作業まで含めてお客様の手元に届くまでを考えると10年以上かかっていることになります。ただし新しい親系統の育成はここでの開発年数にはカウントしませんでしたが、実はこの段階が開発の極めて重要な期間になります。何十年もの先を見越して黙々と進めてきた成果が品種となっています。