低シュウ酸ほうれん草とは

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はじめに

トーホクでは長年研究に取り組んできました低シュウ酸ほうれん草の開発に成功し、「驚きのサラダほうれん草~まろみ~」という商品名で販売を開始しました。従来のほうれん草の常識を覆す、まったく新しい品種ですので、その育成経過や特性について詳しく説明したいと思います。

ほうれん草のえぐみの正体は何か?

ほうれん草を使ったレシピには、最初に必ず「ほうれん草は熱湯で茹で、水にさらして水気を絞ってから適当な長さに切り・・・・」とあります。皆さんご存じのことと思いますが、これはほうれん草のアク抜きの工程です。野菜には多かれ少なかれアクはあります。アクは本来植物が草食動物や害虫などに食べられないように身を守るために植物体内に存在する物質ですから、私たち人間も渋み、苦み、えぐみなどに感じます。それが独特の風味だと感じて食べる方もおられるようですが、特にアクの強い野菜の場合はアク抜き処理をしないと食べることができないほどです。アクの成分は植物によって様々で、硝酸塩、ポリフェノール、アルカロイドなどがありますが、ほうれん草のアクの主な成分はシュウ酸です。

シュウ酸は尿路結石の原因になるのでほうれん草を生で食べるのは控えましょう・・・などとしばしば話題になります。食品と健康との因果関係を科学的に証明するのはなかなか難しいので真偽のほどはわかりませんが、ひとまず茹でてアク抜きすればシュウ酸は水に溶けだしてしまうので問題はないというわけです。またシュウ酸はカルシウムと一緒に摂取すれば、腸内で結合してシュウ酸カルシウムとなって体外に排出され、シュウ酸が尿中に取り込まれることはありません。よく胡麻和えにして食べるのはゴマがカルシウムを多く含む食物ですから、道理にかなっているわけです。

従来のサラダほうれん草

ほうれん草のえぐみの主な成分がシュウ酸で、それは茹でることで取り除けますが、このひと手間は結構面倒です。また茹でることでシュウ酸だけでなくビタミンなどの栄養成分も溶け出し、失っているわけですからもったいない話です。そういうこともあってか、ほうれん草を生で食べて楽しむ人は結構おられ、サラダバーなどでもしばしば使われています。ただこのようなほうれん草は、確かにえぐみが少ないのですが、それはどうなっているのでしょう?

ほうれん草は硝酸をチッ素成分として吸収しやすい植物です。硝酸塩もえぐみを感じますから、硝酸態チッ素を少なくするように栽培条件を変えられる水耕栽培などはえぐみを軽減させる一つの手段でした。スーパーなどでよく見るサラダほうれん草の多くはこのような水耕栽培で育てられたものです。

一方品種によってもえぐみの差があることは経験上知られており、生で食べておいしい品種はありました。チッ素肥料を調節するといった特別な栽培ができない家庭菜園では、そのような品種をサラダ向けとして利用しています。

低シュウ酸ほうれん草の育成

ところでトーホクの育種農場ではシュウ酸含量の極端に少ない系統を育成素材に用いて現在皆さんに使ってもらっているような経済品種と交配させ、その子孫から選抜を繰り返すという計画を立てました。何千何万という株を育て、シュウ酸含量が極端に少なく、栽培特性も備わった品種を選ぶ作業です。このような地道な作業を約10年間続け、ようやくシュウ酸含量の少なく、栽培しやすい特性を持った品種が完成しました。

従来のほうれん草と比較して、今回の新品種は劇的にシュウ酸含量の少ない品種です。標準品種を用いてシュウ酸含量を調べた結果、育成を行った育種農場での通常の栽培では成葉100g当たりのシュウ酸含量は一般品種が約1000mgに対して、新品種は数年間にわたって安定して低いシュウ酸含量を示し、一般品種より63~84%も少ないデータが得られています。

なお市販の培養土を使って栽培し、一般財団法人日本食品分析センターに依頼して分析してもらったところ、一般品種が成葉100g当たり740~900mgのシュウ酸含量だったのに対して、育成された品種は150mgと、79.7~83.3%もの低い値でした。

それでは実際の食味はどうでしょう?多くの人に同じ条件で育てた一般品種と食べ比べてもらいましたが、いずれも「まろやかな味わいで、えぐみを全く感じない」という感想がほとんどでした。また調理に使ってもらったところ、今までにないほうれん草の風味を活かせたといった感想もありました。一方アク抜きの手間が省けるので調理時間が短縮できるだけでなく、調理の幅が広がるといったありがたい指摘もいただきました。

驚きのサラダほうれん草~まろみ~の栽培特性

低シュウ酸だからと言ってほうれん草としての栽培特性が一般品種と大きく異なることはありません。また「まろみ」は、秋まきだけでなく、とう立ちの心配が少ないので春まきもできる品種です。葉はやや丸葉の形状で、照りのある濃緑色の肉厚葉です。生育速度が一般品種に比較してややゆっくりですから、畑でとり遅れることは少ないと思われます。

栽培方法も特に変わったことはありません。一般的なほうれん草栽培に準じて苦土石灰、堆肥、化成肥料を施して畝を立てます。すじまきにし、発芽後生育に応じて間引き、本葉3枚位までに株間5cmにします。サラダなどに利用する際は、草丈15cm位が収穫適期です。ただし大きくなってもえぐみは少ないので、草丈25cm位までは十分おいしく食べることができます。なお、プランターでも栽培は出来ます。

低シュウ酸ほうれん草を使ったレシピ

低シュウ酸ほうれん草を使ったレシピを紹介します。

まず、生での利用です。えぐみが少ない肉厚葉の利点を生かして様々なサラダでの利用がおすすめです。

洋風サラダ;ソーセージとニンニクで元気アップ!

和風サラダ;ゴマと豆腐を使って落ち着いた味わいで

アク抜きの下処理が不要ですから、生のままスムージーに利用できます。忙しい朝、手軽に健康的な一品が作れるのはうれしいですね。

健康スムージー;下茹で不要。手軽にワンボウル朝食!

もう一品。電子レンジで熱を通すだけでお浸しを作ることができます。下茹での手間が省けることがこんなにありがたいことだと実感できます。

レンチンでお浸し;栄養素もそのままに簡単お浸し

この他のレシピについては「トーホクオリジナルレシピ」に掲載されていますので参考にしてください。

まだまだ広がる楽しみ方

ところでほうれん草を使った鍋料理に常夜鍋があります。水を張った鍋に昆布を敷いて沸騰させ、うす切りの豚肉とほうれん草をさっと煮てポン酢などで食べるしゃぶしゃぶの一種です。ただしほうれん草はアクが強いので、ゆで汁にえぐみが出て食べ飽きてしまうため、あらかじめほうれん草を下茹でしておくことが推奨されています。

しかしこの品種なら洗ったほうれん草をそのまま使うことができます。試していただければ実感できると思いますが、一般の品種を使って下茹でしないで鍋に入れてしまうと、すぐに鍋の中はえぐみでいっぱいになりますが、この品種だといつまでもおいしく食べ続けることができます。

この他にもほうれん草を下茹でする必要がなくなれば様々な調理での利用が考えられます。上の写真のようにざくざくと切っただけでチャーハンにも使えます。まだまだこの品種によってほうれん草の新しい味わい方が提案されると思います。皆さんならどんな料理に使ってみようと思われますか?

おわりに

トーホクの低シュウ酸ほうれん草は、生でほうれん草の風味を深く味わえる特別な野菜です。またアク抜きの手間を省いて調理の幅を広げたいという要望にも応える画期的な品種です。育成技術はトーホク独自のもので、特許も認められております(特許第6978608号)。今まで世の中にない全く新しい品種を菜園で栽培し、新しい食生活を楽しんでみてはいかがでしょう。

謝辞

品種開発(品種育成)に際し、岡山大学桝田正治名誉教授、石川県立大学村上賢治教授から貴重なご助言とご指導をいただきました。