ネギのタネ

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はじめに

ネギの花を知らない人は少ないと思います。ネギを栽培している方なら春になって出てくる「葱坊主」は見慣れていて、この葱坊主がまさしくネギの花ですから、もしかしたらその葱坊主に稔った黒いタネも見たことがあるでしょう。そういう人からは、「そうかぁ~、それならネギのタネ採りはそんなに難しくはないね」という言葉が出てくるかも知れません。ところがネギは結構タネとりの難しい野菜なのです。今回はネギについてご紹介しましょう。

ネギの宿命~自殖弱勢と短命種子~

ネギの宿命のひとつは近親交配が続くと生存能力が弱くなる、いわゆる自殖弱勢という現象が起こることです。例えば1株でのタネとりを続けた場合、数世代で次代の種子を残せないほど弱々しくなってしまいます。そのためネギでは自殖弱勢に陥らないような品種改良の方法を取っており、最近はF1品種(交配種)を開発することが多くなっています。

もうひとつは宿命は種子が短命で、稔ってから数年で寿命が尽きて発芽しなくなることです。少量しか販売しない地方品種などは、数年分まとめて採種することも出来ず、そのため小規模でも毎年のように採種する必要があります。保存しておける期間が短いことは、この後説明する原種においても同様で、頻繁に採種する必要が生じます。

この二つの大きな宿命を抱え、ネギのタネは生産されています。当然ながら長年にわたる栽培と採種を通して、それぞれの品種特性を熟知した技術者の経験が絶対的に必要とされますが、それはこの話を読み進めていただければ分かると思います。それでは皆様の手元に届けられるネギのタネがどのようにして生産されているかを順を追ってご説明しましょう。

原種生産

何と言っても原種生産で良い種子を採ることは採種の基本です。隅々まで管理の行き届いた集約的な栽培をするためにはあまり規模を広げたくないものですが、原種採種の規模を制限すると、自殖が進むことになり自殖弱勢で品種が崩壊する事態に陥ってしまいますので、どの品種についても採種には一定規模が必要となります。しかしこの段階で目的としない株が混ざってしまうと大変なことになります。

例えば勢いのない株が紛れ込んでいることに気が付かなかった場合や、逆にちょっと力強い株があるのに気が付かなった場合、品種は思わぬ方向に変化し、場合によっては品種として成立しなくなります。

特にF1品種の親系統については、既に数回自殖を経ているので一定程度の自殖弱勢が見られます。F1品種の親系統の原種採種は一般種のそれより細心の注意を払う必要があります。均一条件で親系統の特性がよく分かるような環境で原種用の株を栽培し、採種用の母本を養成しなくてはなりません。

定植後の生育の様子

養成中の母本の様子。性質の異なる系統をいくつも栽培していますから、栽培管理も大変です。

養生された母本は、最終的にはスタッフ全員で確認します。

原種採種用の母本となる株を選別する作業。

選別された母本。

ミツバチなどの昆虫が外部から異なる品種の花粉を持ち込まないよう、しっかりとネットで覆われたビニールハウス内に植え込まれます。

開花した状況。ビニールハウス内にミツバチを放し、交配させます。この後、登熟した葱坊主から順に摘み取られていきます。

乾燥させた後、脱穀機にかけられます。いくつもの異なる原種を扱いますから、ビニールハウスごとに脱穀機は分解して徹底的に清掃されます。種子が混ざらないよう細心の注意が必要ですが、これがまた一年で最も暑い時期の作業です。

その後ふるいなどでていねいに精選されます。

このようにして厳選された原種が採種されて、ようやく商業生産となる採種圃場での栽培が始まります。

商品となるタネの採種現場

ネギの採種でまず注意しなくてはいけないことは、隔離です。特に民家が近くにあると自家用に栽培している異なる品種の葱坊主からミツバチなどによって花粉が運ばれると、予想もしない種子が稔ってしまいます。

人里から離れた山中などにある畑が採種圃場として利用されます。

需要が少ない地方品種の場合、採種規模は小さくなりますが隔離は大きな畑同様にしっかりと求められます。山間部の小さな畑が最適ですが、生育期間も長く、手間もかかることから耕作してくれる生産者が限られるという問題が生じてきています。

開花中の様子。このような天候が続けば充実した良いタネが採種できます。

開花中のネギの花。

登熟期の様子。

F1品種の場合、開花が終わると花粉を供給した雄株は切り取って処分されます。そして雌株上の葱坊主を熟した順に摘み取っていきます。隣の畑ではちょうど麦の刈り取りが行われていますが、ネギの採種も梅雨の始まりとの闘いです。

摘み取った葱坊主は雨があたらないようビニールハウスに取り込み乾燥させます。

海外の採種現場

最近は日本国内で充分隔離できる環境が整わないこともあり、大面積で充分な隔離ができる海外の採種圃場を利用する場合も増えてきました。

一般的な海外採種圃場。海外ではひとつひとつの畑の区画が大きく、このように見渡す限りネギという畑で採種専用の栽培がおこなわれています。

海外での採種地選定で問題になるのは冬の低温です。大陸的な気候ゆえに極端な低温などに遭遇すると品種によっては枯れることもあります。

逆に病気の発生の心配も少ない充分乾燥した地域では冬が温暖で、とう立ちに必要な低温が不足することもあります。

収穫後の乾燥中の様子。種子の熟期を判断して収穫し、十分に乾燥させるのにも高い技術が求められます。

品種それぞれに合った採種地域を見つけ、良いタネを収穫することは難しい仕事ですが、生産技術部員の腕の見せ所でもあります。

精選

ところで採れたタネが全て商品としてお客様に利用してもらえる訳ではありません。特にネギの場合開花期が比較的長いため、最初に咲き出した葱坊主と最後の方に咲いた葱坊主とでは登熟条件にかなりの差があります。またひとつの葱坊主の中でもすべてが充実した種子が詰まっている訳ではありません。採種農家で脱穀され山揚げされた種子を、様々な選別機を使って精選していきます。

みずほの総合センターにある精選の為の様々な選別機。

実はこの段階はネギのタネの商品性を高める最も重要な工程とも言えます。

ネギのいろいろ

「ネギ」と言うと一昔前までは、東日本では根深ねぎ(一本ねぎ)を、西日本では葉ねぎを指しましたが、最近は全国的に根深ねぎが一般的になってきて、関西でも葉ねぎに混じって根深ねぎが店頭に並ぶ時代で、周年を通して根深ねぎが求められといます。そして春から初夏にかけても立派な太い根深ねぎを収穫する場合には、とう立ちしにくい品種が必要です。とう立ちの遅い品種のタネを生産するのは他の多くの品種以上に大変な苦労がありますが、トーホクではこの時期でも安心して栽培できる晩抽性品種のタネを生産し皆様にお届けしてきました。

一方、根深ねぎ、葉ねぎのほかに、博多万能ねぎに代表される小ねぎ・青ねぎもあります。更に全国各地に地方品種と言われる在来品種も存在します。トーホクではお客様の要望になるべく応えられるよう様々な品種を用意し、それらのタネを安定的にお届けするよう努めております。様々なネギ品種の中から季節や用途によって品種を選んでいただき、それぞれの特長を活かした栽培で豊かな食生活を楽しんでいただければ幸いです。