第7回 僕は絶対に手伝わないよ

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 菜園家になってこのかた、5月の連休に旅行したことはほとんどありません。毎日のように畑に立ち、トマトやナスなどを植えつけ、エダマメやインゲン、キュウリやトウモロコシのタネをまき、忙しくも心躍る日々過ごしています。植えたばかりのトマトに仮支柱を添えるのは私の畑のパートナー。麻紐を茎に巻く手つきの丁寧さといったら、その優しさを半分でも妻にくれと言いたくなります。

 あれは15年前の春先。農園を借りた私が「一緒に畑をやろう」と誘ったとき、夫は断固拒否しました。「平日会社で疲れているのに、なんで休日まで畑で働かなくちゃいけないわけ?」と。そもそも畑を借りることに猛反対で、「野菜の世話は大変だ。虫がつく。病気も出る。放っておいたら草ぼうぼうだ。どうせすぐに飽きるくせに」と呪いの言葉をいくつも吐き、「僕は絶対に手伝わないよ」と宣言したのです。

 ところがそのひと月後、夫は黙々と畑を耕していました。自然豊かな農園が気持ちよく、クワをふるって汗を流したら思いのほか楽しかったのでしょう。でもそれを素直に認めず、ことあるごとに「もうやめたい」「バイト代をよこせ」とごねまくり、そのくせ身体だけはせっせと動かしていました。


 さらにひと月が過ぎ、初めての夏野菜の定植もまだのころ、「畑なんかやめる!」と騒いでいたのは私でした。飽きたからではありません。大雨が続いたあと、地中を流れて低地に集まった水が、私の区画一帯で湧き出したからです。畑を歩けばずぼずぼと足がはまり、2万円もしたオシャレ長靴は泥まみれ。その日ひとりで畑にいた私は、同じ悲劇に見舞われたお隣さんをまねて、畝間に溝を切って水を逃がそうとしましたが、シャベルをさすたび水が湧き、すくった泥は持ち上がらないほどの重さ。絶望して畑から逃げ出しました。

 その晩、私は泣きながら、カメラにおさめた畑の惨状を夫に見せました。

「ひゃ~、レンコンが育ちそうだね」

私の夢はゴムのスーツで泥沼に入ることではなく、素敵なエプロンで籠にトマトやハーブを摘むことなのに。

「畑なんてもうやめる!」
「え~、まだなんにも収穫してないのに? 僕としてはありがたいけどね」

 夫はケラケラ笑いました。でも週末が来ると、「こういうときは笑って楽しむしかないの」と私を畑に連れて行き、さくさく溝を掘り始めました。洗濯物をたたませると売り物みたいに仕上げる人ですが、溝作りもやけにうまくて、夜中にこっそり土木工事の副業でもしているのかと疑ったほどです。結局夫は水難から畑を救い、無事に夏野菜を植えつけることができたのです。

 私は思いつきで雑に生きていますが、夫は計画的で几帳面。その違いから、とくに作付け前には毎年一悶着起きました。体力のない私は夫に畝作りを丸投げしており、夫は、耕して堆肥を混ぜ、元肥を施して美しく整地する作業を何畝も仕上げます。植えつける優先順に1畝ずつ丁寧にやっていると、突然妻が「やっぱりトマトはこっちにする。この畝を先にやって」と言い出すわけです。私としては、畑が好みの空間になるようギリギリまでデザインを追求したいのですが、夫にはその感覚が理解できません。ののしり合ったあげく、こうなります。

「僕は畑なんかやりたくなかった!」
「じゃあもう来なくていいよ!」


 それからはひとりです。重い堆肥をひきずり、雑に耕し、凸凹の畝を作りながら心底思います。私には、堆肥を軽々と運び、面倒な誘引作業を引き受け、農具入れを整理整頓してくれるパートナーが必要だと。それに正直言えば、ひとりぼっちでつまらないのですよ。

 そして夫も、畑の土や風が恋しくなるのでしょう。冷戦2週目の週末、「畑に行きたいです」と言い出します。しぶしぶ、でも内心ほっとしながら一緒に畑に行けば、「トマトに実がついてるよ!」「ほんとだ。誘引は僕がやるね」と、喧嘩していたことも忘れてしまうのです。

 性格の違う者の共同作業はストレスもありますが、実際夫は頼りになるし、彼は私のデザインした畑が心地よいといいます。なにより二人なら、野菜が育つ喜びも生き物を見つける楽しさも2倍3倍。もし最初から一人だったら、私は夫の予言通りとっくに畑をやめていたでしょう。

 近年私は不耕起栽培に興味をもち、耕す必要のなくなった夫とは、畝作りのもめ事も起きていません。夫は支柱係を受け持ち、私の描いたイメージ図をもとに、林の竹を切ってきたり角材を買ってきたりして、トマトやウリの棚を建て、全方向から眺めては自画自賛しています。出来はいいとして、材木を買いに行ったホームセンターから一日帰らないのはどういうわけ?と口を出したら、こう言われました。

「きみの描いたイメージ図があまりにお粗末なだから、実際に材木を見て、設計し直しているんだ」
「そんなの適当でいいから早くしてよ」
「適当に作ったら倒壊するでしょ!」

 トマトやキュウリが地を這うのは困るので、今年も我慢して任せるしかなさそうです。


(2025年5月1日。隔月で連載しています。次回は7月1日の掲載予定です。お楽しみに!)

金田 妙
フリーライター。児童書を中心に活動。未経験から家庭菜園を始めて15年目。季刊「うかたま」(農文協)に畑のエッセイ連載中。NHK出版「やさいの時間」にも原稿を書き、堆肥代を稼ぐ日々。野菜と花を混植した生き物あふれる畑が好み。ビギナー時代の菜園エッセイ『シロウト夫婦のきょうも畑日和』(農文協)発売中。
https://www.instagram.com/taekanada
高田 真弓
イラストレーター。東京と茨城を行ったり来たりしながら平日は原稿に、週末は土にまみれる生活を楽しんでいる。雑誌ダイヤモンドZAiで漫画「恋する株式相場」、学研のwebサイト【こそだてまっぷ】で漫画「ウチュージンといっしょ」を連載中。無類の亀好き。
http://www.9taro.net/